アトピー性皮膚炎
★アトピー性皮膚炎診療のポイント
「うちの子はアトピー性皮膚炎なのだろうか?」
「アトピー性皮膚炎と診断されて不安になった」
など、悩みはつきないと思われますが、そもそもアトピー性皮膚炎とはどのような病気なのでしょうか。
以下に、ご説明させて頂きます。
(1)アトピー性皮膚炎とはどのような病気なのか?
日本皮膚科学会において作成されている診断基準を見ますと、
①そう痒 ②特徴的皮疹と分布 ③慢性・反復性経過(乳児では2ヵ月以上、その他では6ヵ月以上を慢性とする)、とあります。
わかりやすく言い換えるならば、「かゆくて、特徴的な部位に現れて、しつこく長く続く湿疹」がアトピー性皮膚炎であるということになります。とてもシンプルですが、漠然としてわかりにくい表現でもあります。アトピー性皮膚炎の典型的な経過を挙げた方がわかりやすいかもしれません。例えば、赤ちゃんの場合だと、生後1-3ヵ月頃から頭と顔に湿疹が初発します。どちらかと言えばジュクジュクした湿疹が多く、布団やお母さんの胸に顔を擦りつけるような痒がる動作は診断のポイントになります。その後、お腹や手足にも湿疹が拡大してきます。左右対称に出現するのも特徴的です。ステロイド外用薬によく反応し、薬を塗るとある程度湿疹が改善するのですが、塗るのを中止するとまた湿疹がぶり返してきます。しばらくこのような症状が持続し、患者さんを悩ませます・・・・。この典型例は上述した診断基準の①-③にあてはまるものであり、乳児のアトピー性皮膚炎と診断されます(本来は湿疹を見たり触れたりして診断するものですが今回はお許し下さい)。
そもそもアトピー性皮膚炎はどうやって始まる病気なのでしょうか?アトピー性皮膚炎はアレルギーなのでしょうか?やはり卵や小麦などの食べ物が原因なのでしょうか? 現在最も重要視されているアトピー性皮膚炎の発症要因は「皮膚のバリア機能障害」です。遺伝的な異常などにより皮膚が脆く(もろく)なっており、そのため皮膚が乾燥しやすくなるのに加えて壊れた皮膚のすき間からアレルゲン(ダニ・カビなど)や刺激物(汗・細菌など)が侵入し皮膚の炎症を引き起こしてしまうのです。
したがって、アレルギー性炎症は関係あるのですが、とりあえず「皮膚が弱いことがアトピー性皮膚炎の始まりである」と覚えていただいた方がわかりやすいと思います。
(2)治療の三本柱
1)原因・悪化因子を取り除く
アトピー性皮膚炎の原因・悪化因子は、季節や年齢、生活スタイルなどにより異なります。食物・汗・乾燥・掻破(かきむしること)・よだれ・石けん・洗剤・ダニ・ペット・ストレスなどさまざまな原因・悪化因子があります。
これは私の意見ですが、湿疹が重症化してしまった患者さんの場合は、まずは薬物療法(ステロイドなど)による火事の火消しに集中し、湿疹が治まってきてからじっくりと原因・悪化因子対策に取り組む方がシンプルに治療できるのではないかと思います。例えば、ビルが大火災に陥ったらまずは消防車で水をひたすらかけますよね。「煙草の不始末が原因だった!」とかそういう原因探索は火事が沈静化してから考えるわけです。反対に、炎症が沈静化し皮膚がある程度きれいになってきてからは、何が皮膚に悪影響を及ぼしているのかをじっくり考えていく必要があります。ふだんから原因・悪化因子対策に努めれば、火事を起こさないで済むということです。原因・悪化因子対策を予防的な治療としてとらえればよいのではないでしょうか。
2)スキンケア
スキンケアとは「皮膚を清潔に保つ」「皮膚の乾燥を防ぐ」ことによって、皮膚を健康な状態に保つことを指します。また、紫外線対策、入浴方法、衣服の選択、爪の手入れなど皮膚を良い状態に保つための行為は全て広い意味でのスキンケアと考えられるでしょう。
スキンケアが重要視されるようになってきた理由としては、アトピー性皮膚炎発症の主たる要因が皮膚のバリア機能障害にあると考えられるようになってきたことが大きく関係しています。「アトピー性皮膚炎=皮膚が脆く傷みやすい病気」だとするならば、皮膚を優しくいたわる行為(ケア)が重要になってくるのは当然のことです。
具体的にはどのようなケアを行えばよいのでしょうか?石けんは使用してよいのか?どのような石けんを選択すれば良いのか?保湿剤はどのような種類のものをどれくらい使用すればよいのか?など多くの疑問があるかと思われます。外来ではこれらの点について説明させていただきます。
3)薬物療法
薬物療法の中心は、ステロイド外用薬による皮膚の炎症制御となります。その他、最近では、タクロリムス軟膏(プロトピック軟膏)も大きな武器となってきており2歳から使用できます。
世の中には様々な治療薬・治療法が蔓延しており、患者さんを悩ませるわけですが、当院では日本アレルギー学会のアトピー性皮膚炎ガイドライン専門部会により作成された『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2009』(2011.1.4現在)を基本として診療を行わせていただきます。私の独自の治療法などというものは望ましいものではなく、そういうやり方や考え方は誰にも受け入れられないのです。
(3)ステロイドについて
赤く痒みの強い湿疹は皮膚が炎症を起こした状態です。皮膚が火事を起こして火が燃え上がっている状態を想像して下さい。この炎症を抑えるためには強力な抗炎症作用をもったステロイド外用薬が最も有効です。
ステロイドはもともと人間の体の中の副腎という部位で作られるホルモンであり、人間にとって異物というわけではありません。
最も効果の強いこの薬がなぜ世の中で不安視されているのでしょうか?いくつかの理由があるのだと思いますが、その中でもアトピービジネスこそが患者さんを混乱させる根元になっていると考えられます。アトピービジネスとはアトピー性皮膚炎の患者さんを利用してお金儲けをする商売のことです。彼らの手口に共通するのは、『アトピー性皮膚炎は難病であり普通の方法では治らない。ステロイドは恐い薬だから絶対に使わない方がよい。』と、患者さんの恐怖をあおることです。最終的には、『ステロイド以外の良い治療法があるから試してみると良い。』と紹介し、自分の商売へと導いていきます。
世の中にアトピービジネスが蔓延したため、患者さんはステロイド外用薬が危ない薬だと思い込まされてしまったのです。もちろん、医師としては少しでもステロイド外用薬の使用量を減らす努力は必要だと思います。無制限に使用すべき薬ではありません。
(4)アトピー性皮膚炎に関する最近の話題
1)経皮感作説について
アトピー性皮膚炎と食物アレルギーの関連については以前から議論されてきており、アレルギー専門医にとっても興味深いところです。患者さんからすれば、「卵や牛乳を摂取するから皮膚が赤くなったり痒くなったりするのではないか?」と考えてしまうのは非常にシンプルな発想であり、実際小児科医の多くがそのように考えていた時代もありました。
さて、アトピー性皮膚炎の病態として皮膚のバリア機能障害が重要視されるようになってきたわけですが、そのような傷んだ皮膚は様々な外的要因の影響を受けやすい状態です。もしかしたら、傷んだ皮膚から卵やピーナッツなどの食物抗原が侵入し、卵やピーナッツに対する特異的IgEが産生されてしまうなどという経路も考えられるわけです。これが「経皮感作」です。
「卵を食べてアトピー性皮膚炎になるというよりも、アトピー性皮膚炎があると卵アレルギーになる危険性が高まるかもしれない」ということです。以前に我々が考えていた流れと全く逆かもしれないということです。まだ仮説の段階ではありますが、非常にわかりやすい考えであり、もしこの考えが事実ならとにかく新生児期からのスキンケアが重要になってきます。アトピー性皮膚炎を予防・治療しないと、次から次へとアレルゲンの感作、アレルギーの発症が進展してしまう(アレルギーマーチ)危険性があるからです。
2)Proactive treatmentについて
患者さんからすればステロイド外用薬やタクロリムス軟膏(プロトピック軟膏)は皮膚が赤く、ブツブツしている時に「仕方なく」塗る薬なのだと思います。しかし、このような言うなれば「受動的な」治療法ではなかなか湿疹をがっちりと抑え、皮膚をよい状態に保つことは難しくなります。そこで注目されている方法が"Proactive treatment"です。すなわち、皮膚の見た目がきれいになった段階ですぐにステロイドやタクロリムスを中止したりせずに、一見して何もないと思われる皮膚に対して週に1-2回薬を塗り続ける方法を指します。この方法を用いることによって、炎症の根本が叩かれ、皮膚はつるつるスベスベの状態が維持されるようになるのです。