(朝日新聞デジタル 2014年6月23日)
食物アレルギーや花粉症などのアレルギーはこれまで、体を守る免疫そのものの働きの異常が原因だと考えられてきた。ところが最近の研究で、体内に異物が入るのを防ぐ皮膚のバリアー機能の低下がまずあって、それが免疫の異常を招いているのではないかという新説が支持されるようになってきた。皮膚のバリアーを強める研究も始まっている。
アレルギーは、卵や牛乳のたんぱく質、花粉など特定の物質(アレルゲン)に体の免疫が過剰に反応する病気だ。免疫は体内に侵入したウイルスや毒などの外敵を壊したり、体外に追い出したりする防御機能。一度入ってきた敵を覚えていて、2度目に来た時はより強く速やかに撃退する。花粉などはそれ自体では、体にそれほど害がないのに、アレルギーになると免疫が強く働き過ぎてしまう。せき、くしゃみ、鼻水、下痢、かゆみなどの症状はアレルゲンを体の外に追い払おうとする免疫のしわざだ。
このため、アレルギーは免疫の遺伝子などに異常があるのが原因ではないかと考えられてきた。候補となる遺伝子はいくつもあったが、アレルギーの発病と関連があると科学的にいえるものはいくら探しても見つからなかった。
初めてアレルギーの発病との関連が確かめられたのは、意外にも皮膚のたんぱく質「フィラグリン」をつくる遺伝子の変異だった。アトピー性皮膚炎の患者の2、3割でフィラグリンの遺伝子の異常が見られる。
国立成育医療研究センター研究所の斎藤博久副所長は「発症率は遺伝子が正常な人の3、4倍、ぜんそくの合併も2、3倍になる」という。フィラグリンの遺伝子に変異がない患者でも、フィラグリンをつくる機能が落ちていることがあった。
フィラグリンは皮膚の表面でつくられ、皮膚を守るバリアーとして働いている。さらに、分解されると天然の保湿成分になり、これが皮膚を覆うことで守りを固めている。
■免疫異常は「結果」
皮膚のバリアー機能との関連が疑われるアレルギーは皮膚炎だけではない。
天谷雅行慶応大医学部教授は「英国の乳児でピーナツバターのアレルギーが起きた。調べると、皮膚に塗るベビーオイルにピーナツオイルが含まれていた」という。
食物は外敵ではなく、体の中に取り込まなければならないものだ。食べるたびに免疫が排除しようとして病気になっていたら生きていけない。食物アレルギーは食べてなるのではなく、初めは皮膚から侵入してアレルギーが起きるのではないか。こんな説が有力になってきた。
国内でも、せっけんに含まれていた小麦のたんぱく質が元でアレルギーになり、小麦のたんぱく質を含む食品を食べてアナフィラキシーショックを起こす事件があった。
新説では、まず、皮膚のバリアー機能の欠陥が先にあって、初めは皮膚からアレルゲンが侵入して免疫を刺激。その後にアレルゲンが鼻に入ると鼻炎や花粉症、のどに入るとぜんそくになるというわけだ。免疫の異常は原因ではなく結果だということになる。
フィラグリンだけでは説明がつかない場合もあるので、バリアー機能に関わる遺伝子がほかにもないか探されている。
■保湿で発病率減
この説に基づき、皮膚のバリアー機能を高めてアレルギーを防いだり、治したりできるかという研究も始まっている。
国立成育医療研究センターの大矢幸弘医長らは、アトピー性皮膚炎の家族を持つ新生児を保湿剤で皮膚のバリアーを守るグループとそうでないグループに分け、調べた。バリアーを守ると発病したのは33%で、やらなかった場合の発病率54%に比べ約4割減らせた。
京都大の椛島(かばしま)健治准教授(皮膚科学)らは、皮膚のフィラグリンの量を増やす化合物を初めて見つけたと発表した。遺伝的にダニのアレルギーで人間のアトピー性皮膚炎とそっくりな病気になるマウスに与えると症状がよくなった。人間の患者で効果を試す試験も始まっており、「5年後ぐらいには実用化できるのではないか」という。
アトピー性皮膚炎以外のアレルギーでも皮膚のバリアー機能が回復するとアレルゲンの侵入が止まり、過剰な免疫反応が治まる可能性がある。バリアーを守るにはどうしたらいいか。天谷さんは「ごしごし体を洗いすぎるのをやめ、首から下はわきの下と股だけせっけんを使えばいい」と勧める。天谷さんの研究では人間の皮膚は軽く水で流すだけで汚れが落ちるようにできているという。